恋のドキドキ的要素を俺にくれよ

2017-01-02

 社会人なので結論から話すが、実は僕は恋のドキドキが欲しい。

 僕の2016年に、一切恋のドキドキ的要素は無かった。去年の1年間は、常にいまいちパッとしないなと思っていたが、よく考えてみれば、きっとそれは僕の日常の中に圧倒的に恋のドキドキ的要素が足りなかったからだと思う。よって2017年は恋のドキドキを手に入れるために生きていきたい。

 恋のドキドキとは、脳内のドーパミンとセロトニンの分泌量のバランスが…、いや、もうそうやって理屈をこねるのは止めよう。これから僕は恋に対して素直になることにした。だから訂正する。恋のドキドキとは、そう、恋のドキドキとは、「胸がキュンとすること」である。

 今までの僕は、「恋したい〜」「好きな人ほしい〜」などと騒ぐ女子大生らを、どちらかといえば冷めた目で見ていた。しかし僕は素直になったので、彼女らには「ごめん」と謝りたい。そして言わせてほしい。「恋したい〜」。

 ただできれば、あまりガツガツせずに恋のドキドキが欲しい。なぜなら、自分からドキドキを求めていくスタンスで得たドキドキよりも、意図せぬ形で出会ったドキドキの方がよりドキドキ度が高いと思うからだ。僕が欲しいのは人工のドキドキではなく、オーセンティックなドキドキである。だから基本的に「攻め」ではなく「守り」のスタンスでいることにしたい。もはや防御こそが最大の攻撃である。

 また、どうせなら『500日のサマー』的なオシャレ感も欲しい。

 500日のサマーに憧れるなんて、まさに上記の女子大生の気持ちそのものだが、僕はそんな自分を受け入れることにした。ただ重要なのが、500日のサマーみたいなオシャレ感があったらいいと思っているだけであって、目指しているわけではないということだ。

 しかしこんなことを言うと必ず現れるのが、「お前は恋をしたいのではなくて、恋する自分が好きなのではないか」という昔の僕のような人間である。ただその質問に対しては「はい…」と答えざるをえない。正直そういう点も大きい。ただ僕は恋のドキドキに対して素直な人間になったはずだ。だからこれからは堂々と言いたい。「恋のドキドキを俺にくれよ」と。(完)

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